ドロヘドロ 1 BIC COMICS IKKI著者:林田 球
販売元:小学館
発売日:2002-01
おすすめ度:
面白いルールを作ってしまえばその作品の半分は成功したようなものだと思うのよ。ルールによる「縛り」を楽しむゲームは勿論のこと、漫画や小説などの物語においてもそうだと思っています。
「物語におけるルール」の一例を挙げれば、世界を構築するルール。便利な言葉を使えば「世界観」。つまりは社会がどのような基盤の上に成り立ち、登場人物がどんな常識に基づいて行動するかということ。この作品はそっち方面の尖り具合が尋常ではありません。
ドロヘドロの世界には、人間以外の種族として「魔法使い」が存在します。魔法使い達は自分たちの世界から、魔法で作り出したドアを抜けて人間の世界「ホール」へやって来ます。

ホール
魔法使いは生まれつき固有の魔法を持っていて、指先や口から出したケムリによりそれを行使する。人や物を生きたままバラバラにする魔法、人を昆虫に変える魔法、変身する魔法など効果は様々。魔法使いがホールへやってくる理由。それは人間を魔法の練習台にするため。
そんなわけでホールには「魔法被害者」がウジャウジャしています。主人公は魔法で顔をトカゲに変えられてしまった男、カイマン。記憶喪失の彼は自分の顔を元に戻すため、相棒のニカイドウと共にホールに現れた魔法使いを狩っています(術者が死ぬと魔法が解ける)。

カイマンとニカイドウ
それが元で魔法使い世界の実力者・煙(えん)に目をつけられて「掃除屋」を送り込まれる。自分が何者か知りたいカイマンと、カイマンを始末したい煙ファミリー。物語はホールと魔法使いの世界を行ったりきたりしながら、カイマンの謎を解くことを主軸に展開していきます。
さて、最初に書きましたが、この作品で特筆すべきことの一つに「世界の作りこみ」があります。特に魔法使いの世界のユニークさは他に類を見ません。次の画像でそれが良く分かると思います。

魔法のホウキ
「もちろんホウキとしての機能も充実しています。なんとひと掃きでタタミ2畳分のゴミをまとめることができます。」
あくまでホウキであることにこだわるそのセンス。一事が万事こんな調子で、それが妙ちきりんで愛すべき世界を作り上げていく。しかも、それが全て作品中の描写のみで組み立てられています。

炎洗式トイレ
もひとつ好きなシーン。「ヒイイィ〜〜」がポイント。こういったしょうもないディティールまでも丁寧に積み重ねて、世界が少しずつ形を持っていく。巻末の「設定資料集」なんて物に頼らない説明には、有無を言わせぬ説得力があります。
世界の構築は当然こういったアイテムばかりの話には留まらず、社会のシステムにも及びます。例えば魔法使い社会のヒエラルキー。強力な攻撃力を持つ魔法使いや、死者を蘇らせるなどの希少な魔法を使える者は高い地位を得やすく、逆に魔法のケムリが少量しか出せない魔法使いや、役に立たない魔法を生まれ持ってしまった魔法使いは虐げられる傾向にあります。
そういった魔法を使えない魔法使いの組織・「十字目」が登場して煙ファミリーに敵対しだすに至り、物語はより混沌として面白くなる。これはキャラクターの魅力によるところが大きいです。

十字目は貧乏
「ホール組」「煙ファミリー」「十字目」。各陣営とも敵や赤の他人の命は紙屑のように扱いますが、誰もが仲間は大事にする。登場人物達の中に絶対的な悪人は居らず、それぞれがそれぞれの理由で殺し合う。
これは「悪人にも理由がある」といったありがちな話ではなく、「それぞれの正義がある」とかでもなく、ただ単に全員好き勝手にやってるだけ。つまり皆が皆「自分のため」か「仲間のため」。どいつもこいつも愛嬌のあるキャラクターをしているので、読んでて肩入れする陣営がコロコロ変わります。これは結構すごいこと。

友達になってくれよ!(注・カイマン達を殺しに来た掃除屋です)
そんな彼らの殺し合いでも話があんまり暗くならないのは、全体的に命が軽いから。同じ人間同士、魔法使い同士でも平気で真っ二つにするようなスプラッタな世界。なのにどこかしらのんびりとした妙な間があり、それがこの作品の味わいでもあります。
そもそも、主要人物は滅多な事では死なない。カイマンなんか首をもがれても生きてたし、最悪死んでも蘇生の魔法使いとかいるしね。この独特の空気感は「のほほんと殺伐」とでも形容しましょうか。

「アッ、」じゃねえだろ
ザクザクとした線の作画もこの世界には絶妙にマッチ。一見雑で薄汚いように見えて、実は細かいところまで「丁寧に薄汚く」描き込まれた世界。薄汚いのは変わりませんが、それがいい。
「世界」「世界」と連呼しているのは、画もストーリーもキャラクターも全てひっくるめて渾然一体の魅力を発しているという事をうまく文章に落とし込めない俺の至らなさですが、他に言い表す術を持ちません。「全部」が絶妙の調和で組み合わさっているがゆえに、「世界」としてこの作品は面白いのです。
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ホール
魔法使いは生まれつき固有の魔法を持っていて、指先や口から出したケムリによりそれを行使する。人や物を生きたままバラバラにする魔法、人を昆虫に変える魔法、変身する魔法など効果は様々。魔法使いがホールへやってくる理由。それは人間を魔法の練習台にするため。
そんなわけでホールには「魔法被害者」がウジャウジャしています。主人公は魔法で顔をトカゲに変えられてしまった男、カイマン。記憶喪失の彼は自分の顔を元に戻すため、相棒のニカイドウと共にホールに現れた魔法使いを狩っています(術者が死ぬと魔法が解ける)。

カイマンとニカイドウ
それが元で魔法使い世界の実力者・煙(えん)に目をつけられて「掃除屋」を送り込まれる。自分が何者か知りたいカイマンと、カイマンを始末したい煙ファミリー。物語はホールと魔法使いの世界を行ったりきたりしながら、カイマンの謎を解くことを主軸に展開していきます。
さて、最初に書きましたが、この作品で特筆すべきことの一つに「世界の作りこみ」があります。特に魔法使いの世界のユニークさは他に類を見ません。次の画像でそれが良く分かると思います。

魔法のホウキ
「もちろんホウキとしての機能も充実しています。なんとひと掃きでタタミ2畳分のゴミをまとめることができます。」
あくまでホウキであることにこだわるそのセンス。一事が万事こんな調子で、それが妙ちきりんで愛すべき世界を作り上げていく。しかも、それが全て作品中の描写のみで組み立てられています。

炎洗式トイレ
もひとつ好きなシーン。「ヒイイィ〜〜」がポイント。こういったしょうもないディティールまでも丁寧に積み重ねて、世界が少しずつ形を持っていく。巻末の「設定資料集」なんて物に頼らない説明には、有無を言わせぬ説得力があります。
世界の構築は当然こういったアイテムばかりの話には留まらず、社会のシステムにも及びます。例えば魔法使い社会のヒエラルキー。強力な攻撃力を持つ魔法使いや、死者を蘇らせるなどの希少な魔法を使える者は高い地位を得やすく、逆に魔法のケムリが少量しか出せない魔法使いや、役に立たない魔法を生まれ持ってしまった魔法使いは虐げられる傾向にあります。
そういった魔法を使えない魔法使いの組織・「十字目」が登場して煙ファミリーに敵対しだすに至り、物語はより混沌として面白くなる。これはキャラクターの魅力によるところが大きいです。

十字目は貧乏
「ホール組」「煙ファミリー」「十字目」。各陣営とも敵や赤の他人の命は紙屑のように扱いますが、誰もが仲間は大事にする。登場人物達の中に絶対的な悪人は居らず、それぞれがそれぞれの理由で殺し合う。
これは「悪人にも理由がある」といったありがちな話ではなく、「それぞれの正義がある」とかでもなく、ただ単に全員好き勝手にやってるだけ。つまり皆が皆「自分のため」か「仲間のため」。どいつもこいつも愛嬌のあるキャラクターをしているので、読んでて肩入れする陣営がコロコロ変わります。これは結構すごいこと。

友達になってくれよ!(注・カイマン達を殺しに来た掃除屋です)
そんな彼らの殺し合いでも話があんまり暗くならないのは、全体的に命が軽いから。同じ人間同士、魔法使い同士でも平気で真っ二つにするようなスプラッタな世界。なのにどこかしらのんびりとした妙な間があり、それがこの作品の味わいでもあります。
そもそも、主要人物は滅多な事では死なない。カイマンなんか首をもがれても生きてたし、最悪死んでも蘇生の魔法使いとかいるしね。この独特の空気感は「のほほんと殺伐」とでも形容しましょうか。

「アッ、」じゃねえだろ
ザクザクとした線の作画もこの世界には絶妙にマッチ。一見雑で薄汚いように見えて、実は細かいところまで「丁寧に薄汚く」描き込まれた世界。薄汚いのは変わりませんが、それがいい。
「世界」「世界」と連呼しているのは、画もストーリーもキャラクターも全てひっくるめて渾然一体の魅力を発しているという事をうまく文章に落とし込めない俺の至らなさですが、他に言い表す術を持ちません。「全部」が絶妙の調和で組み合わさっているがゆえに、「世界」としてこの作品は面白いのです。
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