邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)
著者:藤田 和日郎
販売元:小学館
発売日:2007-04-27
おすすめ度:4.5


 ジジイが格好いい作品は名作である、と断言したい。

 何故なら老人の格好よさというのはその内面にあるものだから。長い人生で培われてきた経験か、あるいは長い人生で揺らぐことのなかった信念か。そういった人間の内面にある魅力を描けている作品は面白いに決まっているじゃないか。

 「うしおととら」の日崎御角、「からくりサーカス」のルシール・ベルヌイユや梁師匠。格好いい老人を描かせたら右に出るものがいない藤田和日郎が、またしてもしびれるようなジジイを描いた名作です。
 米軍空母から逃げ出した一羽のフクロウ・<ミネルヴァ>。時速340kmで空を飛び、その眼で見られたものは全て死ぬという「邪眼」。たった一羽のフクロウのために東京は壊滅する。

 この「邪眼」というクリーチャーの禍々しさ、それに対峙することの絶望感がまず素晴らしい。見られると死ぬ。眼をつぶってても死ぬ。とりあえず死ぬ。お前はダムダムゾンゲルゲか。

ミネルヴァたん
ミネルヴァたん

 テレビの電波越しでも死ぬ。凶悪。かくして全国の死者は420万人を超え、3日で東京に動くものはいなくなる。かつて全人類にゾナハ病を撒き散らして生き地獄を味わわせた藤田和日郎ですが、それを超えるおぞましさは青年誌ならではでしょうか。

大虐殺
死にまくる

 この生々しさ。小さな体で高速移動するミネルヴァは米軍や自衛隊の最新鋭兵器でも捉えられず、腕利きのスナイパーも「殺気の弾道」を読まれて殺される。読んでて倒せる気が全くしない。

 世界すら滅ぼしかねないこの死の権化に対するのが、奇妙な仮面をつけた猟師の鵜平。13年前、一度は邪眼を撃ち落した男。

鵜平
鵜平

 邪眼との戦いで巫女であった妻を亡くし、撃ち落した得物は米軍に奪われる。別れた妻を死なせたことで養女・輪に憎まれて、山奥で一人隠遁生活を送っています。

 一度は米軍からの協力要請をにべもなく断ったものの、輪には頭が上がらない。母と同じく巫女となった輪に一喝され、東京へ向かうことに。

輪

 無口でぶっきらぼう。頑固だが熟達した猟師の技術を持ち、自然に対する畏敬の念を忘れることはない。死なせてしまった妻への深い愛情、猟師としての信念は揺らぐことなく、言葉や態度には表せないが、娘のことは可愛くて可愛くて仕方がない。

あったりめえよ。
あったりめえよ。

 強くて不器用でチャーミング。仮面の下でニヤリと笑う口元の頼もしさ。何よこのイカスジジイ。

 もちろん藤田和日郎だからアクション漫画としての完成度の高さは折り紙付き。「じゃ、行くかい。」の台詞から始まる、疾走感満載のカーチェイスから最後の空中戦への流れは映画を超える。

 その上に親子の確執と和解、己を殺して非道な作戦を行わなければならないエージェントの苦悩、戦友となった老猟師と軍人の友情、化物に生まれついた者の悲哀と、たった7話の集中連載にこれだけ詰め込んで見事に描ききるその力。

 ヒラコー風に言えば「月輪(がちりん)だけはガチ」。読みきり短編でも連載の長編でもなく、単行本1冊分のページ。それを実力のある作家に与えると、こんなに濃密な代物が生み出される。すごいよ富士鷹先生。

 ちなみに、初版オビの脱力感も俺は好きです。

ミネルヴァちゃん
「携帯クリーナーミネルヴァちゃん」

 スピリッツ編集部は何がしたかったのだろう。

 これ書いてたら他の藤田漫画も紹介したくなってきた。ジジイつながりで「瞬撃の虚空」とか。そのうち書きます。


 ※書いた。全然「そのうち」じゃなかった。
 暁の歌-藤田和日郎短編集 2/藤田和日郎