アフタヌーンに載った読み切りを集めた作品集。アフタヌーンは毎月買っているはずなのですが、この単行本に収録されている「日下兄妹」以外は読み飛ばしてしまっていたようです。

 だってなんか絵がオサレなんですもの。細くて繊細な線で、シンプルな描写。スラリとした登場人物たち。エコでロハスでゆるふわオーガニックな雑誌に載ってる絵だよ。ku:nelとか。読んだことねえけど。


 そんなんで食わず嫌いだったんですけどね。ちょっと前のアフタヌーンで新作「25時のバカンス」(未収録)を読んだらこれが面白い。んで単行本出てるのを知って購入した次第。あれ、この人の漫画すげえ面白いんじゃないの?

 収録作品は全てその画風からはイメージしづらいSFもの。最初に読んだ作品ということもあるかも知れませんが、俺が一番好きなのは「日下兄妹」なのでそこ中心に紹介してみます。

 あらすじ。日下雪輝は将来を嘱望されたピッチャーだったが、肩を壊して野球部を離れる。部員たちは手術を受けて野球部に戻るように説得するが雪輝は聞き入れない。

 この導入で重たい話を想像しますが、実際は全くそんな事はなく、軽妙の一言。「お前が練習しないと隣の女子大が観に来ないじゃないか!」と雪輝を連れ戻そうとする部員たちや、逃げる雪輝を投網で捕まえようとする後輩。基本的にコメディの体です。

 あらすじ2。一方雪輝の自宅では、壊れたタンスから転げ落ちたネジあてがぴょこぴょこと動きまわり、何だかよく分からない物体に成長していた。


はやく

 この作者はとにかく時間の切り取り方が絶妙なのですね。上は雪輝と後輩がその何かを捕まえようとするシーンなんですが、「いけっ!」の次のコマではもう植え込みに突っ込んでる。

 上の「はやく」もそうなんですが、こういう省略の妙はセリフ回しにも生かされています。


手紙による説得

 たけっち……。

 決して笑わせる話ではないのに、読んでてニヤニヤしっぱなし。絵も動きも会話も全てにいい感じの省略が効いていてそれが絶大な相乗効果をあげています。読むテンポはあくまで軽く、それでいて浅くなく。読み返すとストーリーや演出面にも色々と新しい気づきがあります。漫画に対する褒め言葉じゃない気もしますが、バランスが良いのだと思います。描きすぎず、略しすぎず。


言葉が分かる

 あらすじ3。「何か」はみるみる成長して、文字を書き喋ることを覚え、本を読んでは知識を蓄えていきます。最終的に人間の女の子のような姿になったそれは「ヒナ」と名付けられ雪輝と同居生活を送ることに。


服は借りてきた

 ふおおおヒナかわいいよヒナ。顔ないけど。足4本あるけど。これも省略の巧みさと言っていいんでしょうか、顔がなくても細かい仕草がいちいち表情たっぷりでかわいい。野球部の面々との絡みもあって、ヒナは成長と共にどんどん雪輝の妹として馴染んでいきます。

 そうしてヒナの存在に違和感がなくなったところでヒナの正体が明らかになり。その場でヒナが爆散するという衝撃の展開へ。ここでの伏線回収がとにかく見事。何気ないコマやセリフの一つ一つが全てこのクライマックスに向けてあったのだと気付かされます。

 結末はたぶん最高のハッピーエンドなんですが、一抹の寂寥感も。余韻がいい感じに沁みるのです。

 他の収録作も全て人と人外の何かの交流を描いているのですが、全てが違う趣でありながら、全てが高クオリティ。この市川春子という人はこれが初単行本ということなのですが、今後が楽しみという事では今1番です。俺みたいに画風でスルーしてた人はぜひ読むべき。と思いますよ。