暁の歌-藤田和日郎短編集 2暁の歌-藤田和日郎短編集 2
著者:藤田 和日郎
販売元:小学館
発売日:2004-02-18
おすすめ度:4.5


 繰り返し、ジジイが格好いい作品は名作である、と断言したい。

 この「暁の歌」に収録されている短編はどれも傑作揃いなのですが、「邪眼は月輪に飛ぶ」からのジジイ漫画つながりということで、そのうちの一編、「瞬撃の虚空」を紹介します。
 かつて、富士鷹ジュビロは叫びました。
大人がだ!
マンガ描いてメシを食わせてもらっている、仮にもプロがだよ!!
そのプロが厳しい世の中を    
自分をきつく戒めながら、それでも立ち向かっていくという姿を!
若い読者に見せられんでどうする!?
世間さまにモノを伝える…………
メッセージを発するという立場でだよ!
楽な方向へいつでも逃げられるというスタンスで!
実際にたまに逃げながら仕事をしていて  
そんな大人が描く作品を見たり読んだりしている  読者が!
少年少女がだよ!!
何を精神(ココロ)に受けると思う!?

今の、若者たちに  

全部おれたちのせいだよ!!

「吼えろペン」 第8集 第32話より)

 ビアジョッキを握りつぶしながら魂の咆哮。この第32話は「吼えろペン」の中でも屈指の名エピソードです。何度も読んでいるのに、これ書くために読み返してまた大爆笑したもの。8巻だけ買ってでも読む価値あり、とお薦めしたいところですが、それはまた別の話。

 藤田和日郎本人が実際にそう言ったかどうかはともかく、そういう思想はこの作品(「瞬撃〜」のほうね)の隅々から読み取れると思います。つまり、「先を往く大人は後に続く若者に対し、規範となるべき姿を見せてやらなければならない」ということ。

 この物語の語り手である淳一は、いわゆる非行少年。タバコを吸って夜中まで友達と遊び歩き、両親とはろくな会話もない。繰り返される退屈な日常に苛立ちを感じ、祖父のように老いていくことに恐れを抱く。

じいちゃん
じいちゃん

 ある日、祖父のもとに米軍からの使いが現れ、淳一は祖父と共にある軍事施設に向かうことになる。その施設とは、「多弾頭各個目標再突入体の超強化発射格納台」    核ミサイルの発射基地。それがテロリストに乗っ取られたというのだ。

 首謀者の一人にして最強の敵、レーベンフック少佐は米軍によって生み出された最強兵士、「モーメントアタッカー」。その格闘術のベースになった日本の柔術使いこそが淳一の祖父、「ケンジロウ・サキサカ」だったのである。

 以上、あらすじ。なんというか、藤田作品に出てくるアメリカの組織は基本的にロクな事をしません。「邪眼〜」の米軍しかり、「うしおととら」のハマー機関しかり。

 で、完全に制圧されてしまった基地を奪還できるのは、モーメントアタッカーのモデルデータであるサキサカをもって他にないと、白羽の矢が立ったというわけです。

 上のしわしわで柔和な顔をしたじいちゃんが、実は人間離れした格闘能力を持つ。こういうのは格闘技好きならば逸話として聞く事は多々あれど、現代でお目にかかることはまずあり得ないという、漫画ならではの「嘘」ですが、だからこそ燃える。

メチャ強い

 祖父の行動理念は「モーメントアタッカー計画」に協力したときから今に至るまで常にただ一つ、「家族のため」。ならば淳一を奪還作戦に同行させた理由は?

 それは己の命を賭した戦いの見届け人とすることで、「本当に戦う」ということ、「生きてゆく」ということを孫に教えるため。それはきっと言葉だけでは伝わらないから。

戦うということは

 そうして祖父は最強の敵に血を吐きながらも立ち向かう。自分の過去を清算するため。そして自分の死に様を孫に見せるため。

見とどけてくれい!

 なんて雄弁で美しい背中だろう! 格好よすぎて涙出てくるわ。

 こういうシーンを見るたびに漫画の力を感じます。こんな芝居がかった台詞は役者に言わせても嘘臭くなるだけだし、背景に不要なものを一切描かないからこそ、尚更この背中は心を震わせる。すげーよ漫画。

 読者へのメッセージを説教臭いと斜に構えるのもいいんですが、どうせ読むのなら、ただカッコイイジジイの姿に酔いしれて、元気付けられるのが一番得する読み方だと思います。毎日が退屈だというのなら、一度ジジイの説教を受けてみるのはいかがでしょうか。


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