告白 (中公文庫)告白 (中公文庫)
著者:町田 康
販売元:中央公論新社
発売日:2008-02
おすすめ度:5.0


 河内音頭に歌われる、実際の大量殺人事件「河内十人斬り」を題材にした小説。犯人・城戸熊太郎が何故凶行に走ったのか? 「おほほほほ」と叫びながら日本刀を振り回す狂人がいかにして出来上がったのかを克明に記した物語。


 熊太郎は非常に思弁的な人間でした。(思弁的:経験によらず、思考や論理にのみ基づいているさま。大辞林より。最初意味が分からなかったので調べました)

 つまり、熊太郎は何を行うにしても深く深く考え込んでしまう性格。明治の農村においては他に類を見ないほど思弁的であったのが彼の不幸。思考がややこしすぎて上手く口にすることができず、表現できたとしても周りの人間には理解できない。

 そうして熊太郎に与えられた評価は、足りない奴、頭のおかしい奴。そうした周囲との隔絶と、少年期のとある体験を引きずって、彼は飲む・打つ・買うの立派なロクデナシに成長しました。

 一端の侠客気取りの熊太郎ですが、基本的にはヘタレ。思弁的と言えどもけして知的ではなく、「こんなことを言ったら軽蔑されてしまうかも知れない」「ここでこんなことをしたら格好悪いなあ」などと考えて行動した挙句に失敗をする。狡賢い奴に利用されて損をする。

 その度に周囲からの評価が下がり、馬鹿にされ、敬遠されて、余計に何も伝えることができなくなっていく悪循環。それで自暴自棄になって凶行に走ったのか? それならばまだ幸せだった。

 熊太郎は自分を打ちのめした連中に対して、衝動的ではなく思弁的に「奴らは皆殺しにしなければならない」という結論に辿り着く。それは神様が私を選んで実現させようとした正義だから。

 論理的思考による結論が「復讐」ではなく「正義の実行」。これは怖い。思考が能天気なノリの河内弁から突然標準語に切り替わった時の文章の冷え具合と言ったら。

 かくして立派な狂人が誕生するのでした。

 言葉というツールの限界。人は完全に他人から理解されることはありえない。思考と世界との隔絶に翻弄され続けた熊太郎の最期の告白がそれを象徴しています。或いは自分自身の事すら誰にも分からないのかも知れないと。

 町田康のように言葉を巧みに操る人間が書くだけに、なおさらその告白は重い。自分で言うのも何ですが、俺はあまり物事を深く考えないので共感はできませんが、理解はできます。

 むしろこういった思考の泥沼に陥らないように、俺は意識的に物事を深く考えないようにしているんだな。とでも書いておけば少しは賢そうに見えるかしら。

 凄惨な事件を題材にした小説ですが、町田康の独特で軽妙な文章と陽気な河内弁が組み合わさって、決して重苦しい話になってはいません。

 町田康作品に数多く出てくるダメ人間の中では珍しく感情移入できる熊太郎のおかげか、かなり長いこの小説を途中でスムーズに読み進め、スムーズに狂人マインドに同調していく。犯行シーンではカタルシスすら。殺人犯の精神状態を追体験する狂人シミュレータとしてもおすすめ。

 「空からにゅうめんがっ」
 「空からにゅうめんが」
 「空からにゅうめんが」

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